プライドは役に立たない。フィードバックを効果的に感じた話

2018年3月18日ギター, コミュニケーション術, ハヤえもん, レッスン, 健康, 生き方, 雑記

何かを言われるとイライラしてしまう人、読んで。

ギタリスト、ハヤエモニストの北島健吾です。プライドが高すぎて人に何かを指摘されるたびに耳が痛くなってしまうことってありませんか?全てを前向きに捉えられる人ばかりではないと思うので少しでも気持ちよく生きていけるようにこの記事を書いています。先日友人とご飯を食べていた時に「それおかしくないですか?」と言われてハッと気がついた話がきっかけで色々なことに結びつけて考えました。役に立つと思います。




人は自分の癖になかなか気がつかない

衛生管理や健康に意識のある方、インフルエンザや食中毒など起こさないように手洗いやうがいなどをすると思います。僕も『自称衛生管理意識してる系』なので常にウェットティッシュを持ち歩いています。ファーストフード店やコンビニでご飯を買うとおしぼりなんて入ってないですからね。今はどうだかわかりませんが某店で「おしぼりもらえないんですか?」と聞いたら飲食店にもかかわらず無いと言われてしまいました。トイレで手を洗ってくださいと。『お一人様+楽器機材付き』の僕にとっては、一度買ってしまったメニューと機材を置きっぱなしにトイレに駆け込み手を洗うなんて芸当は出来ず、手を洗うことを諦めました。それ以来ウェットティッシュを持ち歩くようになりました。当時の僕はカラオケボックス店で働いていたので使う使わないにかかわらず必ずおしぼりを渡すのが当たり前な環境にいたため違和感を覚えました。「お客様目線足りないんじゃないの?」と。
そんなこんなで、店をあてにしちゃいけないなと思い『自称衛生管理意識してる系』になった僕はそれから数年その意識で過ごし、先日友人と某ファミレスに行きました。

頼んだメニューが出てきて、①スプーンをテーブルに置き、②ウェットティッシュで手を拭きました。

友人「それおかしくないですか?」と。

僕はハッと思いました。そうです。意識している系であればまずは①自分でテーブルを拭き、なんなら②スプーンも拭くでしょう。自分でアルコール消毒をし、ジョブ確認をしてから③手を拭きそれから食べる。

友人「僕は手洗い云々よりも、口に直接触れる部分だけ綺麗にすればいい派なので、仮にケーキが床に垂直に落ちたとしても床に接してないトップの部分は大丈夫だと思うんですよ。北島さんは逆ですよね。」と。

自分一人で意識しても無駄

言われてみて気がついたのですが、自分はちゃんとしているつもりだけれども『ちゃんとがちゃんとじゃない時』があるものだなぁと。彼の衛生管理が正しいかどうかはわかりません、口に触れなきゃ大丈夫。これもできているかどうかはわかりませんが、僕の順番は徹底してない感じはありました。多分、潔癖ではないので気にしてなかったです。これからもそこまで気にしないと思います。

前々からよく例え話でギターの話をしますが、まっすぐ押さえてるつもりがまっすぐじゃない。脱力してるつもりが脱力できてない。強く弾いたつもりが強くなってない。いろいろなことがありますね。『意識してる系』のままで終わってしまうことが多々あります。
そういう意味では自分はちゃんとやっている、と決め込むよりも「これをみてどう思う?」と素直に聞ける関係って大事だと思います。




プライドが高すぎるとお金を払ってレッスン受けても身にならない

これ、僕自身にも当てはまることですが『ちゃんとやってる』と思っていることをまず評価されないと前に進めないんですよね。
一生懸命生きてるわけです。本人なりに前向きに。
「いやいや、そこを評価する前に基本的なところがおかしくない?」そんなことを言われようものなら気持ちは『奈落』に落ちていきます。凹み方が尋常じゃなく、しばらく音楽から離れてしまいます。レッスン受けた帰りにストレスをなんとか解消したいがためにどうでもいい機材買ってしまうとか全然ありますね。※何も解決はしません。経済は回ります。

目的に対して何かおかしいところはないかをお金を払って見てもらっておいて、おかしいところを言われると耳が痛くてより一層できなくなってしまう。そんなサイクルがあります。
本来の性格は『フィードバックを貰いたくないから頑張る』という性格なので全く噛み合ってないわけです。人から口を出されたくなきゃ全力でやれ、これが小さい頃からの考え方。でも当たり前ですが、完璧なんてあり得ないので口出しされない、失敗しないを前提に頑張っているとどこにもアウトプットできなくなってしまいます。若いうちから恥はかきまくったほうがいいです。断言します。
これについてはプライドは要らない時はどこかにしまうということを覚えるほかに良い対策がないです。フィードバックを嬉しいと思えればそれが一番ですが、心の形成には長い年月かかっているのでちょっとやそっとの自己啓発やセミナーで変わることではありません。先日のブログで書きましたがリテラシーが高くないと一つの情報から得られる濃さが全く変わってしまうので、あいにくですが、「自分のセンサーが弱かった」となってしまいます。素直に、自分は才能がないから聞いているんだ、と認めてしまった方がラクです。
先に聞きましょう。中間で聞きましょう。あとで聞くより先に聞いてしまえば、一生懸命頑張って時間だけ目一杯つかって最終的に全行程でNOと言われるよりもよっぽどすっきりします。

フィードバックをする側に立つ場合

職場で管理職になった人や、習い事で生徒を持つようになった人。
上記を参考にしていただければわかりますが、受け入れる準備ができていない相手にはメンタルをえぐる非常に殺傷力の強いものだと思いながら接していくのがいいと思います。ひょっとすると、一言言っただけで次の日に退職してしまうかもしれない時代です。なんのためにフィードバックをするのか、またなんのためにフィードバックを受けているのか、そのメリットを聞き手に伝えてからでないと上司になったはいいけど周りに誰もいなくなった、みたいなことになりかねません。誰もいなくなるだけならいいけど、最悪自分もいなくなるハメになります。「君が上に立ってからみんなやめていくみたいだから、いない方が会社にメリットあるよ。人格変えられる?」となることだってあります。

フィードバックのありがたみに気がつく良い文章を紹介します

ハヤえもん関係者なら当然知っている『うめぼしさん』ですが、先日すごく面白い記事を書いていました。生き方が違うとセンスが違う。
フィードバックをめんどくさいなーと思ってしまう人は考えを改めるきっかけになるかもしれませんので是非参考にしてみてください。

「勧善懲悪?初めて知った!」と言われて気が付いたこと。〜フィードバックの大切さについて