【天才と凡人④】失われた幼少期の才能、本当は退化したのでは?

2019年5月27日

脊椎動物の中でも優れた二足歩行動物

ギタリスト、ハヤエモニストの北島健吾(@kengo1228)です。

シリーズで書いている天才と凡人、前回の記事では

二人の天才を元に身体を目的持って動かせることの素敵さに触れました。

すぐに真似しようと思ってできないのが不器用、凡人の宿命です。

ですが、今回は『後天的に凡人になったのではないか?』

『そもそもは天才的だったのではないか?』ということについて触れてみます。

赤ん坊はもともと歩けなかった

『生まれた頃は、天才的だったのではないか?』というのは

『なぜ歩けているのか?』ということです。

地球には重力があります。

それに対して何も考えずに刺さるようにして安定しているわけではありませんよね?

脊椎動物の中でも、珍しい二足歩行が『ヒト』です。

素晴らしい速さのチーターなんかは四つの足で走ります。

同じ脊椎動物の仲間ですが、人のように二足で走ろうとはしません。

人間の赤ちゃんは、

歩くのが当たり前のように成長していきます。

大変な重力の中、背骨を駆使してバランスを取っています。

「こうやって歩くんだよ」と教わったりすることもなく、

歩いていたと思います。

お箸の使い方なんかは、割とアドバイスはあったかもしれません。

歩けるようになってから道具を使うようになるわけですからね。

(道具を通した才能はまたこんど。)

ですが、わざわざ大変な思いをしながら立ち上がるわけですね。

歩き方のコツなんか、いちいち教わらなかったはずです。

歩く仕事をしてる人くらいじゃないですかね?教わるのは。

教わりもしないで、そうあるべきだと感じて

覚えていく様は天才的じゃないでしょうか?

それでも、運動性の違いでいい歩き方、よくない歩き方があります。


文明が進むにつれて不器用になる『ヒト』

昔に比べて、遊びで身体を動かす機会も減り

運動能力が発達しにくい子供達を危惧するニュースを見たことがありました。

歩くということでさえも差がつくのに、

運動から遠ざかったらもっと身体を動かすきっかけが減ってしまいます。

そうやって経験を積む機会や基礎体力も奪われつつ、

才能を伸ばしやすい人は伸びていき

離れた人は沈んでいく、格差が生まれたように思います。

大人も、身体を動かす機会は減ったし、

ますます便利なものが増えて身体をサポートしています。

江戸時代以前に比べたら身体のセンスを問われる機会は減ったんじゃないかと思います。

体軸を取り戻せ

赤ん坊は不安定ながらも歩くということを覚えました。

その時の感覚で不安定になり全身で感じることも大切、ということで

高下駄を履いて歩いてみることにしました。

赤ん坊は、慣れが来るまでは

運動を覚えようとすることの天才だったと思います。

赤ん坊に見習って、全力から徐々にバランスを取っていきましょう。

凡人量産キャンペーンに乗らないように。

僕個人の感想ですが、

普段使わない意識で歩くことができました。

足で踏ん張ると転んでしまうので、

全身をうまく使うイメージです。

思えばギターの脱力も、こういったことかもしれませんね。

バランスよく力はつかう。

健康にも良さそうなので、気になった方は是非チェックしてみてください。