理論と実践の話

ギター, 生き方, 音楽, 音楽理論

知識の発信ってどう見える?

ギタリスト、ハヤエモニストの北島健吾(@kengo1228)です。

最近のインフルエンサーは自分ができることをパッと見ただけでもわかるように

どんどん表に出していき、さらに掘り下げていくともっと才能がある。

そんなイメージがあります。

『知識』+『実績』=強そう

そういうイメージがあります。

音楽の場合でも同じように、

やはりできることはどんどんアピールしていくのがいいと思うのですが、

始めたばかりの頃はみんな初心者。

成長過渡期の人はどうやってアピールしていくんでしょうか。


まずはやってみればいい

これに尽きますね。

やったことを記録に残して、出してみればいい。

今日の話はここまでで終了です。

じゃあ、なんであえて取り上げたかというと、

実際はこれができる人とできない人でも分かれるんですね。

いろんな性格がありますから。

考えてから動く人の話

僕はブログを書き始めた時は全く右も左もわからず

「とりあえず書いてみよう」と思って書き始めたわけですが

これがギターはというと、右も左もわかってから弾きたいタイプでした。

最初の頃はパワーコードしか弾けないで数年楽しくコピーしてたんですが、

曲を作るとなると

メジャーコードやマイナーコード、転調、色々な知識が欲しくなりました。

幸い理論は弾けなくても読むことができます。聞くこともできます。

すると、演奏する前から頭の中に知識がうごめいている。

そういう状態でした。

頭でっかちはダサい?

「自分、わかってます!」と『知識』を発信した場合、

わかっていると言った時点で周囲からの評価は『実技』の方もハードルが上がります。

不思議なもので、『知っている=できる』そういう期待値で見てしまう。

そう思います。

「それだけわかっているならうまいんでしょ?」からの、

「想像よりうまくないですね」みたいな。

逆に、

「自分、知識はそうでもないけど」というスタンスで

『実技』はバリバリこなしていくという場合

最初のインパクトとして「すごい」っていうイメージがついて

「すごいじゃないですか!こんど解説してくださいよ」となるわけですが

実際のところ、言葉でまとめるのは別の領域のうまさになってくるわけです。

あんまり考えたことがないので、

「練習すればできますよ!」くらいのシンプルな表現しかできない。

そういう場合があります。

一番いいのは『知識』『技術』どちらもバランスが取れている状態だとわかります。


難しいバランスの話

考えてみると、このバランスが備わっているのは本当に才能だと思います。

例えば『運動』の場合。

そもそも、運動が得意な人は頭でっかちになる必要もないのかなと思います。

でも、そこまで得意ではない人の場合は分析から入ってもいいように思います。

「こういう風に体を動かすのが効率的で理にかなっている。

この運動にはこの筋肉が大事。」

というように、頭脳で落とし込むことができます。

音楽理論も一緒です。

過去の芸術作品などを体系的にまとめて、

よいとされるものへの近道をまとめたものがポピュラー音楽理論だと思います。

感覚って誰にでも備わっているものではないですからね。

「自分にとっては理論が表現の近道だ」と思った人はそれがやり方だったりします。

自分が楽しいと思った方法でやれば良いと思います。

ただ、

わかっても感覚にはなじんでいかない場合があります。

体を動かすセンスがあるかどうか、運動神経や瞬発力があるかどうか、

これらは別のように思います。

そういう部分はやっぱり体に落とし込む必要がありますねぇ。